大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7104号 判決

原告

ファーストクレジット株式会社

右代表者代表取締役

岸本恭博

右訴訟代理人弁護士

河崎光成

小林政秀

望月健一郎

被告

宮本千松

被告

箱崎勝彦

被告両名訴訟代理人弁護士

菅原光夫

飯野信昭

主文

一  被告宮本千松及び同箱崎勝彦は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (一)、(二)を選択的に求める。

(一) 被告宮本千松(以下「被告宮本」という。)及び同箱崎勝彦(以下「被告箱崎」という。)は原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。

(二)(1) 訴外佐藤直光(以下「訴外佐藤」という。)と被告宮本との間で昭和五九年八月一日本件建物につき成立した別紙賃貸借目録(一)記載の賃貸借契約及び被告宮本と同箱崎との間で昭和五九年八月一〇日本件建物につき成立した別紙賃貸借目録(二)記載の転貸借契約をいずれも解除する。

(2) 右第一項の判決が確定することを条件として、被告宮本及び同箱崎は原告に対し本件建物を明け渡せ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年五月二三日、訴外佐藤に対し金一六五〇万円を次の約定で貸し渡した。

(1) 弁済期

①利息金につき、昭和五九年五月二三日 金一五万四二七七円

②元金及び利息金につき、同五九年六月から同七九年四月まで毎月二七日限り 金一五万三一八〇円

③元金につき、同七九年五月二七日 金一五万二九九二円

(2) 利 息 年九・四八パーセント

(3) 損害金 年二五・五五パーセント

(4) 特 約 訴外佐藤が元金又は利息の支払を一回でも怠つたときは、訴外佐藤は期限の利益を失い、残金全額を直ちに支払わなければならない。

2  原告は訴外佐藤との間で、昭和五九年五月二三日、本件建物のほか土地三筆(いずれも本件建物敷地の共有持分権)につき、前記消費貸借契約から発生した債権を被担保債権とする抵当権設定契約を締結し、千葉地方法務局昭和五九年五月二三日受付第二二八八四号抵当権設定登記を経由した。

3  また、原告は訴外佐藤との間で、昭和五九年五月二三日、本件建物につき前項の契約より発生する債務の不履行を条件として、貸主訴外佐藤、借主原告、期間三年、賃料一か月一平方メートルにつき金一〇円とする停止条件付賃借権設定契約を締結し、千葉地方法務局昭和五九年五月二三日受付第二二八八五号停止条件付賃借権設定仮登記を経由した。

4  訴外佐藤は、昭和五九年六月二七日に支払うべき元本および利息の一部である金一五万三一八〇円の支払を怠つたので、前記停止条件付賃借権設定契約は条件が成就し、昭和五九年六月二八日、原告と訴外佐藤との間で本件建物につき前記内容による賃貸借契約が成立した。

5  原告は、本件建物の前記第3項の仮登記につき千葉地方法務局昭和六一年一月二四日受付第二九七三号により賃借権設定の本登記を経由して排他性を取得した。

6  原告の訴外佐藤に対する昭和六一年六月一二日現在における元本及び遅延損害金(八二五万八二四九円)の合計額は、金二四七五万八二四九円である。

7  訴外佐藤は被告宮本に対し、昭和五九年八月一日本件建物につき賃料一か月金二万円、期間三年の約定で賃貸しこれを引き渡し、次いで被告宮本は被告箱崎に対し、同月一〇日本件建物を右と同一の賃料・期間で賃貸しこれを引き渡している。

8  原告は、本件建物・土地三筆につき千葉地方裁判所に抵当権実行による競売の申立てをなし、昭和五九年九月一二日競売開始決定を得、現在競売手続が進行中である。本件競売手続においては、本件建物及び三筆の土地の敷地持分権に対する最低競売価額は、金九五三万円と決定された。

右最低競売価額は、評価人が被告宮本及び被告箱崎の短期賃貸借の負担を考慮し、本件建物につき二〇%の減額評価したものを基に決定された。

そして、本件抵当権の被担保債権額は前記6のとおりであり、短期賃借権の負担がないとしても右最低売却価額は右被担保債権額を下回つたことになるが、短期賃借権の負担があると原告はさらに不利益を被ることになる。また、次項9記載のように買受人は敷金三〇〇万円の返還義務を負担しなければならぬ可能性が大きい。

9  訴外佐藤は被告宮本に対し、前記短期賃貸借契約締結に際し被告宮本から賃料三年分の前払金として金七二万円及び敷金金三〇〇万円を受領した(被告宮本と被告箱崎の間でも同一のことがなされた。)。

すなわち、訴外佐藤は被告宮本に対し、前記短期賃貸借契約締結に際し、住宅用の建物の敷金としては賃料の三か月分ぐらいが普通であるにもかかわらず、異常に高額の敷金(金三〇〇万円)を受領している。また、賃料が一か月金二万円と非常に低額であり、かつ契約期間三年分全額が前払になつている点、譲渡・転貸が自由な契約になつている点、又、抵当権の実行の直前に賃貸借契約が設定されている点などからみて、被告宮本の賃借権設定条件が用益を目的とした通常の賃借権設定条件と著しく異なつており、右賃貸借が詐害的なものであり、かつ訴外佐藤及び被告宮本が抵当権者を害する目的をもつて設定されたものであることが明白である(被告宮本と被告箱崎の間でも同一である。)。

10  よつて、原告は被告らに対し、賃借権に基づいて本件建物の明渡し、又は、本件建物の短期賃貸借契約の民法三九五条ただし書による解除を求めた上、被告らに本件短期賃貸借契約の解除判決が確定したことを条件として、訴外佐藤を代位して所有権に基づく本件建物の明渡しを選択的に求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、登記を経由している事実は認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実のうち、登記を経由している事実は認めるが、その余の事実は知らない。

4  同4ないし同6の事実は知らない。

5  同7の事実は認める。

6  同8の事実は知らない。

7  同9及び10の主張は争う。

三  抗弁

1  原告の訴外佐藤に対する前記賃借権は、抵当権に対抗しうる後順位の短期賃借権を排除し、それによつて抵当不動産の担保価値の確保を図ることを目的とする特殊の賃借権である。

2  そして用益権と抵当権との調和をはかる民法三九五条の趣旨から、原告の併用賃借権は用益している後順位賃借権者である被告らには対抗できない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

1  請求原因7の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因1ないし3の各事実については、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

3  請求原因4及び5の各事実については、〈証拠〉によりこれを認めることができる。

二抗弁について

抵当不動産につき、抵当債務の不履行を停止条件として抵当権者が賃借権を取得することができるとの停止条件付賃貸借契約が締結され、これを登記原因とする賃借権設定の仮登記が抵当権設定と同時に又は相前後して経由される場合、その賃借権の効力は専ら抵当権設定登記以後競売申立てに基づく差押えの効力が生ずるまでに対抗要件を具備することによつて抵当権者に対抗することができる第三者の短期賃借権を排除しそれにより抵当不動産の担保価値の確保をはかるためのものであり、担保価値維持の限度でその効力を認めるべきである(最高裁判所昭和五二年二月一七日第一小法廷判決参照)。

本件の場合、原告が本件建物につき抵当権設定と同時に停止条件付賃貸借契約を締結し仮登記したのも、抵当権の担保価値維持のためであると解される。そして、この担保価値維持の目的からして、被告らの短期賃借権は原告が排他性を取得した併用賃借権に劣後するから、後記事実関係が立証された場合を除いて原告は仮登記に基づく本登記を経た上で競売申立て後対抗力ある併用賃借権に基づき、被告らに対し本件建物の明渡しを求めることができると考えるのが相当である。

被告らは、原告の賃借権について担保価値維持の効力は認めながらも、用益権と抵当権との調和をはかる民法三九五条の趣旨から原告の併用賃借権は実際に用益している後順位賃借権者である被告らには対抗できないと主張するが、そのように考えると用益賃借権が併用賃借権を有する抵当権者に損害を及ぼす場合、原告が併用賃借権の設定をして抵当権の担保価値の維持を図つたことが無意味になり不当である。

以上から、併用賃借権につきなされている仮登記を本登記にした原告は、被告らに対して併用賃借権に基づいて本件家屋の明渡しを請求することができるものというべきである。

もつとも、短期賃貸借が存在するにもかかわらず前記のように抵当権者に不利益にならない、すなわち損害を及ぼさない事実関係がある場合には、原告の明渡請求を認めることは民法三九五条の趣旨からして不当である。しかし、本件で被告らは右の事実関係を主張しないから、原告の賃借権に基づく建物明渡請求に対する抗弁としては主張自体失当である。

三結論

以上の事実によれば、原告のその余の主張について判断するまでもなく、選択的に求められた本訴請求のうち、賃借権に基づく建物明渡請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条・九三条を仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官鎌田泰輝)

別紙物件目録

一 (一棟の建物の表示)

所 在 千葉市末広二丁目二番地二四

構 造 軽量鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺二階建

床面積 一階 二九八・一一平方メートル

二階 二〇八・六八平方メートル

二 (専用部分の建物の表示)

家屋番号 末広二丁目二番二四の五

種  類 居宅

構  造 軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階部分 四九・六八平方メートル

二階部分 二七・三二平方メートル

賃貸借目録

(一) 賃料 一か月金二万円

期間 三年

敷金 金三〇〇万円

(二) 賃料 一か月金二万円

期間 三年

敷金 金三〇〇万円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例